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zoom RSS 赤塚不二夫大先生の思い出・・・

<<   作成日時 : 2008/08/04 11:09   >>

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8月2日、ギャグ漫画家の偉大なる狂人、赤塚不二夫大先生が肺炎で亡くなりました。
2004年から意識不明の植物状態であったといいます。
本当に惜しい人を亡くしました。

そういえば、土曜日の午後、私ら夫婦が最近BS2で放送された『銀河鉄道999劇場版』の録画を見ていたときに、スタッフの話になり、何故か、「そういえば赤塚不二夫ってまだ生きてたっけ?」などと会話してました。
ニュース速報があったのは、その日の夜9時頃。
死亡時刻は午後4時55分。
思えば、ドンピシャで虫の知らせでした・・・。

今年40歳の私にとって、赤塚不二夫という漫画家はあまりタイムリーではありませんでした。
漫画は時々触れる機会がありましたが、アニメでリアルタイムに夢中で見た記憶があるのは、「元祖天才バカボン」位でしょうか・・・。

でも、小学校2年生のときに親に買ってもらった赤塚不二夫著の小学館の「まんが入門」の記憶は鮮烈です。
幼心が故か、なんか漫画家になれる確信を持つ事が出来る本でした。
興奮した私はクラスメートに見せびらかしでもしたのでしょう。その本は買って数日後に友人に借りられ、そのまま返ってくることは二度とありませんでした・・・。

その後の人生で、事あるごとに思ったのは、「あの時あの本を貸していなかったら漫画家を目指していたかもしれない」というエクスキューズ。
今でも、人生の分岐点だったと思っています。
美術系に進学し美術系の仕事に就いた事もあるにもかかわらず、漫画的な絵や人物画を全く描けないという私の致命的欠陥も、そこに由来するものと思われます。

そういえば初期の日テレ系24時間テレビ「愛は地球を救う」で、タモリと共に深夜に「今夜は最低!」などと銘打ったコーナーで、本当に最低のムチとロウソクショーを繰り広げていたりもしました。
調べてみたら、当時私は13歳。思春期の入り口あたり。
当時のテレビで24時間放送するのは、「愛は地球を救う」だけが唯一無二で、徹夜の経験などもまだまだ少ない頃。
大晦日とともに年に2回だけ許された、深夜までテレビ見てて良い貴重な日でした。
面妖な眠さのなか”見ちゃった”その映像は本当に鮮烈に印象に残りました。
その後の少々アブノーマルな性的嗜好を練成するのに多大な影響を受けたと言わざるを得ません。

再婚会見に前妻を連れてきたり、がんを宣告されようが入院しようがタバコと酒をやめない生き方。
現在無職ニートで専業主夫で夫婦逆転生活を送る私にとって、ある意味、人と違う生き方への勇気を与えてくれた師匠とも言えます。

くれぐれも、本当に惜しい人です。
かつてのトキワ荘仲間たちとワイワイガヤガヤやってる様が目に浮かびます。







まんが入門 (小学館入門百科シリーズ 10):赤塚不二夫著

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2008/08/04 12:26

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