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zoom RSS 【松山】「ぐだぐだ愚陀仏庵」で観光客激増!?【夏目漱石】

<<   作成日時 : 2010/10/14 11:28   >>

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1982年に萬翠荘裏手に復元され長年市民や観光客に愛されていた夏目漱石が松山赴任中に下宿し、正岡子規が居候した「愚陀仏庵」。
この2010年7月に大雨による土砂崩れで倒壊し、再建に向けての誘致合戦が激しくなってきた模様です。

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【土砂崩れで倒壊の「愚陀仏庵」 再建へ誘致合戦】日本経済新聞 2010/10/14
http://www.nikkei.com/news/local/article/g=96958A9C93819890E3E1E2E2848DE3E1E3E2E0E2E3E29E93E2E2E2E2;p=F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2;n=9694E3E4E3E0E0E2E2EBE0E0E4EB;o=F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2F2
(抜粋)
 7月の豪雨による土砂崩れで倒壊した愚陀仏庵の再建場所を巡り、松山市内の各地で誘致活動が活発化している。倒壊地点の隣接地のほか、市有数の集客エリアである道後温泉地区、夏目漱石が下宿した当時の愚陀仏庵が存在した市中心部が候補に挙がっており、市民団体によるPR合戦も熱を帯びている。
 道後温泉旅館協同組合は12日、道後地区の東端に当たる宝厳寺(ほうごんじ)の所有地内に愚陀仏庵を再建するプランを公表した。
 寺の門前はかつて「ネオン坂」と呼ばれ、にぎわいがあったが、現在は「猫1匹いない(夜は)こわいところになっている」ほど人通りが少ない。
 道後案に反発し、市の中心市街地である二番町への再建を求めているのが市民有志でつくる「愚陀仏庵を本来の場所に復元する会」(松岡功代表)だ。「ほかの候補地よりも初期費用が少しかかるだけ。街なかだからこそ市民も観光客も訪ねやすい」と主張する。
 一方、倒壊地点に隣接する県有地の萬翠荘敷地内に再建を目指す動きもある。誘致に取り組むのは、愛媛県の指定管理者として愚陀仏庵を管理・運営していたウイン(松山市)と、同庵で定期的に句会を開いていた愚陀仏庵俳句会だ。隣接する坂の上の雲ミュージアムも含めて「すでに観光コースとして動線が確保されている」(ウイン)。県有地のため土地取得費用もかからない。
 愚陀仏庵をどのようなかたちで再建するかは「坂の上の雲の街づくり」「いで湯と文学のまち」など、同市が取り組む観光文化政策の根幹にかかわる。再建地の決定は、11月28日の同日選挙で新たに選出される愛媛県知事、松山市長の両者の政治判断となる見通しだ。
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【「ネオン坂」改め「上人坂」 道後で一遍上人生誕地PR】asahi.com 2010年10月13日
http://mytown.asahi.com/areanews/ehime/OSK201010120158.html

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こりゃあ、いっそ全国的にワイドショー的話題になるレベルで、愚陀仏庵だけにグダグダにもめにもめた上で、一挙3ヶ所に再建されたりしたら観光客激増に繋がりそうだなぁ・・・。
こっちが長年愛された坂の上の雲ミュージアムの近くの愚陀仏庵、こっちが本来の場所に再現された愚陀仏庵、こっちが道後温泉最寄の愚陀仏庵、ってな感じで・・・。
さらに、こっちには漱石の霊が出るとか、こっちにはのぼさん(子規)の横顔が木目に浮かんできたとか、こっちは災難が続いて呪われてるとかいう付加価値が付けばなおOK!

従来の愚陀仏庵、一草庵、庚申庵の「松山三庵めぐり」も「松山五庵めぐり」にバージョンアップじゃぁ〜!!

なあんて思ったけど、予算的な事とかいろいろ考えるとやっぱり1ヶ所になるんだろうなぁ・・・

まあ、あまりに「文学のまち」を推進しすぎる松山市の姿勢が嫌いな私としては実はどうでもいいんだけどねぇ・・・。


■追記:10/15
候補地は上記の3ヶ所のほか、道後公園内など他に5ヶ所あるとかなんとか・・。
14日に市と県の愚陀佛庵復元先検討連絡会議が開かれ、観光や文化関係の12の団体へのアンケートの結果、萬翠荘敷地内への再建を求める声が最も多かったそうです。(テレビ愛媛より)
http://www.itv6.jp/catch/news_detail.php?date=20101014&no=0002

その他の候補地は、道後公園、湯築城、堀の内、正岡家墓地跡のある柳井町法龍寺、一草庵近辺の5ヶ所。
萬翠荘敷地内以外は、「文化財保護法の規定により、建築物新設は困難」だったり、「準防火地域の建築規制により、全壊した建物と同じ雰囲気にならない可能性がある。」など、難癖が付けられています。

個人的には、一遍上人の生誕地でありながら、古くは遊郭街で戦後は赤線として栄え、現在は衰退の一途をたどる漱石も驚いた異端の門前町の宝厳寺前が一番話題性があって面白いと思うなぁ・・。
だけど、あんな微妙に引っ込んだところに愚陀仏庵単独で建てても門前の栄えには繋がらなそうだなぁ・・・。
ここは夏目漱石資料館でも併設しないと・・・

↓10月29日まで意見募集中↓
【愚陀佛庵の復元に関する意見募集について】愛媛県企画情報部企画調整課
http://www.pref.ehime.jp/h12100/1193440_1913.html

■追記:11/02
意見募集の結果が出たようです。

【愚陀佛庵の復元場所で意見】NHK松山
http://www.nhk.or.jp/matsuyama/lnews/8004982841.html
(抜粋・要約)
あわせて78人から回答。
望ましい復元場所については
▼愚陀佛庵がもともとあった松山市二番町が50人、
▼全壊した愚陀佛庵があった松山市一番町が14人、
▼道後温泉本館から近い道後湯月町は2人でした。
11月02日 18時11分

正直、意外な結果・・・。
組織票の匂いがするとか無粋な事は言いますまい・・・。やはり実際に建ってた場所が一番なんでしょう・・。
大差が付いた以上、県や市として最も無難な場所への再建は遠のく事でしょう。
庚申庵みたいに和モダンな事務所棟を前面に建てるような無粋な事が無いように祈ります。

でも、やっぱり一番町に建てるとかいう話になったりして反対運動が起きたりグダグダして、全国的耳目を集めるような事になれば最高なんだけどなぁ・・・。


追記:
その後、道後に行ったついでにネオン坂あらため上人坂を日中にぶらぶらしてみました。
かつての古風な温泉宿や、遊郭の面影を残す建物が昭和のリフォームで実にもったいない感じに改装されて老朽化しています。
そして何より多く、目立つ空き地・・・。坂道に面するため階段状になった鰻の寝床状の空き地は、再利用が実にしにくそう。
見かけた人間より猫が多い!
歓楽街の面影はあるものの、一般の住宅が新築されたり、往時を伺わせるものは非常に少なく感じました。
何より坂がきつい!沿道に何も無いから余計にそう感じられるのかも知れません・・・。
宝厳寺まで登れば、名所の伊佐爾波神社への近道になっているけど、正面から登った方が遥かに風情があるし・・。
どうにも寂れ過ぎで手の施しようが無い!という印象でした・・。


↓以下、ご参考に↓
私説夏目漱石松山日記 坊っちゃん行状記
漱石と松山 子規から始まった松山との深い関わり
漱石・松山百句
回想子規・漱石 高浜虚子著
子規もうひとつの顔

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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
個人的には、道後案が一番良いと思う。
この案には道後の賑わいを再生するビジョンがある。
町作りと言う考えがある。
他の案にはそれが無い。
道後もそのものがだいぶ廃れてきている。観光客が増える事で良いところよりも悪いところが目立つようになってきている。
そのひとつが風情や情緒のある町並みが無いと言うことです。
愚陀仏庵を移築を起爆剤にした町作りをしたらよい。
あと高畠華梢記念館も道後に移した方が良いと思う。
マヤ
2010/11/05 14:40

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